洋菓子店「マダムシンコ」の会長として、創業から現在に至るまで経営の前最線に立って活躍している「マダム信子」こと川村信子さん。
マダム信子(川村信子)さんとは一体何者なのでしょう。
夫や子供、昔・若い頃まで気になることを徹底調査しましたので、ぜひ最後までご覧ください。
マダム信子(川村信子)とは何者?
マダム信子(川村信子)さんは、株式会社カウカウフードシステム創業者であり、現在は同社代表取締役会長を務めています。
バウムクーヘン「マダムブリュレ」で知られる洋菓子店「マダムシンコ」の創業者です。
通 称:マダム信子(マダムシンコ)
肩書き:関西スイーツの女王
生年月日:1951年12月14日
年 齢:74歳(2026年1月時点)
出 身:島根県

引用:マダムシンコオンラインショップ / マダムブリュレ
「マダムブリュレ」の人気とともに、マダム信子(川村信子)さんも全身ヒョウ柄の派手なファッションと、豪快なトークでテレビ番組にも多数出演。
「銀座のホステス出身のスイーツ経営者」という異色の経歴で注目されました。
洋菓子店「マダムシンコ」の経営に加え、ゴルフ番組「マダムシンコのゴル友!」などYouTubeやメディア出演も続けており、講演やインタビューで自身の半生や仕事観を語る活動も多数行っています。
幼少期の極貧生活や在日差別、放火や借金などを経験しながらも、ハングリー精神で何度も立ち上がってた彼女は多くの人から支持されています。
マダム信子の昔・若い頃
マダム信子(川村信子)さんは、両親が共に韓国人の在日韓国人二世で、現在は日本国籍を取得しています。

引用:難波のスイーツ女王・“マダムブリュレの生みの親”マダム信子 | 週刊女性PRIME
マダム信子(川村信子)さんは、五人きょうだいの長女として育ち、11歳の頃、父親の仕事の都合で大阪府へ引っ越します。
六畳一間に9人で住んでいるような状態で、寝るときは敷居に足を立て、暗くて臭いところに住んでいたと後のインタビューで語っています。「金持ちになるんや」「こんな生活脱出したい」とずっと思っていたそうです。
マダム信子の学歴
マダム信子(川村信子)さんは大阪で中学校を卒業後、高校進学を希望したものの、父親から「女の子は学歴なんていらん」と反対され、高校進学を断念。
代わりに経理の専門学校に進学し、簿記・経理を学び、これが後に事業経営の基礎になったとのちに語っています。
マダム信子の経歴
マダム信子(川村信子)さんは、学校を卒業した後、うどん屋で住み込みで働いていたそうですが、給料が安く生活が成り立たなかったため、夜の世界へ進む決断をします。
夜の世界に入ると、持ち前のおしゃべり好きとサービス精神で、すぐにナンバーワンホステスになります。
昭和47年、21歳の時にはスナック・喫茶店を開業。連日満員になるほど繁盛させました。
不動産事業や貴金属販売などにも手を広げ、30代後半には念願の東京・銀座へ進出し、1990年に「銀座クラブ信子」をオープンしました。
銀座でも売上年間約3億円を叩き出し、銀座にいた約10年で「大阪だけでなく銀座でもNo.1」といわれるほどの成功を収めました。
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1990年代後半に大阪に戻り、大阪府高槻市で「焼肉かうかう倶楽部」を開業。飲食業に進出します。
しかし、狂牛病騒動で売り上げが激減し、さらに2006年2月には放火による火災で店舗が焼失するという大きな打撃を受けました。
当時は世間から保険詐欺だと言われていましたが、マダム信子(川村信子)さんは借りていた物件だったため、一円も保険金はもらっていないと後に話しています。
マダム信子(川村信子)さんは、嘘は大嫌いだと話し「天は見てる 地は見てる 己がいちばん見てる」とよくおっしゃっており、私はマダム信子(川村信子)さんは嘘はついていないと思います。
洋菓子店「マダムシンコ」誕生
狂牛病騒動で焼き肉店の売り上げが激減する中、ほかの事業をと考え、2006年11月に洋菓子店「マダムシンコ」を立ち上げました。
創業時の年齢は55歳前後で、マダム信子さんはそのことを「人生の再出発」と話しています。
看板商品「マダムブリュレ」は、幼い頃に母が誕生日に焼いてくれたホットケーキの味をベースにしたと語られており、この思い出が商品開発の原点となりました。

引用:Instagram
マダム信子の夫は誰?
マダム信子(川村信子)さんの夫は、19歳年下の川村幸治さんです。
ビジネスパートナーでもある川村幸治さんは事業を支え、マダム信子(川村信子)さんが会長を務める株式会社カウカウフードシステムの代表取締役副会長として活躍しています。
マダム信子(川村信子)さんに「彼がいなかったら今の私はない」と語られる川村幸治さんとは、一体どんな方なのでしょうか。
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本名:川村 幸治(かわむら こうじ)
生年:推定1975年生まれ
年齢:推定55歳(2026年1月時点)
残念ながら、川村幸治さんの詳しいプロフィールについては、一切公表されていません。
若い頃、20歳前後に東京でモデルや俳優をしていたが売れず、24歳頃、マダム信子(川村信子)さんが経営する銀座の高級クラブ「銀座シンコ」の面接に応募し、そこで出会うことになります。
モデルや俳優として成功できず、人脈を広げたかった川村幸治さんは、銀座のママとして活躍していたマダム信子(川村信子)さんにの元にバイトを希望してやってきます。
その時、バイトの人員は足りていましたが、会って話してみると、出身や住んでいたところなど色々と共通点があったところから、話がはずみました。
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川村幸治さんはマダム信子(川村信子)さんの「清々しさと人間らしさ」に惹かれ、川村幸治さんから告白して交際が始まったとされています。
マダム信子(川村信子)さんは当初、年齢差を気にして悩んだと話していますが、その後も交際は続きます。
銀座クラブ時代からマダム信子(川村信子)さんのビジネスをバックアップし、1999年に大阪高槻で開業した「焼肉かうかう倶楽部」の立ち上げにも関わっています。
その後、マダム信子(川村信子)さんが51歳、川村幸治さんが32歳だった2002年に入籍。同年に会社を設立します。
狂牛病騒動や火災で約一億円の借金を抱えた逆境期も、マダム信子(川村信子)さんを支え続けます。
現在、マダム信子(川村信子)さんは「私のものはみんな幸治くんのもの」と語り、家業の後継を託す終活を進めていると話しています。
互いの存在を「神様からのご褒美」と表現するほど強い信頼関係で結ばれています。
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マダム信子の子供は息子?
マダム信子(川村信子)さんは10代後半で一度結婚しますが、離婚しています。
前夫との間にも、現在の夫・川村幸治さんとの間にも子供はいないと報じられています。
息子の存在も確認できず、現在、会社の社長は甥の松本保純さんが就任しています。
夫婦は二人暮らしで、SNSでは猫を「子供たち」と呼んで可愛がる様子が投稿されています。
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まとめ
この記事で、マダム信子(川村信子)さんについてわかることをまとめました。
●マダム信子(川村信子)さんは、バウムクーヘン「マダムブリュレ」で知られる洋菓子店「マダムシンコ」の創業者。
●マダム信子(川村信子)さんは昔、非常に貧しかったため「金持ちになるんや」「こんな生活脱出したい」とずっと思っていた。
●マダム信子(川村信子)は若い頃、大阪でナンバーワンホステスになり、スナック・喫茶店を開業、不動産事業や貴金属販売なども行い、30代後半には東京・銀座へ進出し「銀座クラブ信子」をオープン。
●マダム信子(川村信子)さんの学歴
中学卒業後、経理を学ぶ専門学校へ。
●マダム信子(川村信子)さんの経歴
1990年代後半に大阪に戻り「焼肉かうかう倶楽部」を開業したが、狂牛病騒動で売り上げが激減し、さらに2006年2月には火災により店舗が焼失。
何か他の事業をやろうと、2006年11月に洋菓子店「マダムシンコ」を立ち上げる。
●マダム信子(川村信子)さんの夫は、マダム信子さんが会長を務める株式会社カウカウフードシステムの代表取締役副会長である川村幸治さん。
●マダム信子(川村信子)さんに子供(息子)の存在は確認されていない。
本当にパワフルで魅力的な方で、私も大好きです。これからも応援しています。
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