吉川ひなのさんは過去に著書『Dearママ』で宗教二世だと告白し、大きな話題になりました。
多くの人から天真爛漫な愛されキャラだと思われていましたが、宗教二世で事務所から言わないようにと言われていることがたくさんあったため、質問に適当に答えて乗り切っていたら「おとぼけキャラ」になっていたと語る吉川ひなのさん。
2026年に芸能活動を再開しました吉川ひなのさんの宗教、母親、兄など、気になることを徹底調査しましたので、ぜひご覧ください。
吉川ひなのは宗教二世
吉川ひなのさんは2023年6月7日に幻冬舎より発売された自身の著書『Dearママ』などで、自身が宗教二世として育ったことを明かしています。
吉川ひなのさんは、著書の中で幼少期から宗教的な制約の中で育ったことを告白しており、クリスマスや誕生日のお祝いができない、お葬式に行けない、校歌を歌ってはいけないなど、日常生活や学校生活でも周囲と違うルールがあったというエピソードを公表しています。
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宗教二世として育った場合、学校生活や友人関係で周囲と違うルールを守る必要があり、精神的な負担が大きくなります。
吉川ひなのさんの場合も、この制約が「異常な幼少期」と表現するほど厳しかったと告白しています。
宗教二世とは、家族(主に両親など)が宗教を信仰している家庭で生まれ育ち、家族の意思で幼い頃から宗教に入信させられている人のことを指します。
2022年に旧統一教会問題をきっかけに、宗教二世をめぐる虐待や人権侵害の問題が次々と明らかになり、社会の注目を集めるようになりました。
NHKスペシャルでも「シリーズ宗教2世」として当事者の実体験に基づくドキュメンタリーが放送され、宗教二世の孤立と支援の必要性が取り上げられました。
吉川ひなのさんは、著書で「言えないことが多くて適当に答えて乗り切っていた」と、宗教二世としての悩みを告白しており、周囲に本当のことを話せず、常にごまかし続けながら生きてきたことを明かしています。
吉川ひなのの宗教はどこ?エホバの証人?
吉川ひなのさんが信仰していた宗教は、公式には「19世紀末にアメリカで始まったキリスト教系の宗教」とされており、それは「エホバの証人」であるとみられています。
「エホバの証人」基本情報
◆創立時期
1870年代(19世紀末)にアメリカ・ペンシルベニア州で創立
◆創設者
チャールズ・テイズ・ラッセル(1852〜1916)
◆名前
ものみの塔圣書協会→エホバの証人(1931年に改名)
◆宗派
キリスト教系回復主義団体(プロテスタントからは独立)
◆日本への布教
1890年(明治23年)に初来日、1901年に本格的に布教開始
報道などから「エホバの証人」ではないかと広く見られていますが、吉川ひなのさん本人は教団名を出して断定する形では語っておらず、教団名は非公表です。
ただ、吉川ひなのさんの輸血拒否に関する話や、宗教上の理由で学校生活に制限があったという内容は「エホバの証人」を想起させ、教団名は正式には明らかにされていませんが「エホバの証人」であると見られています。
吉川ひなのさんの知人によると、吉川ひなのさんの著書『Dearママ』では「あまりに理不尽で処理しきれない思いも、著書にはあますことなく書いたと聞いた」とされており、本を書くために、虐待の後遺症とも向き合いながら、かなり覚悟を決めて取り組んだそうです。
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吉川ひなのの母親は毒親?
吉川ひなのさんと母親との関係については、過去の発言や著書を受けて「毒親だったのでは」という反応が出ていますが、これはあくまで読者側の評価です。
吉川ひなのさんの著書や報道では、母親から革のベルトでお尻を叩かれた、宗教を背景に厳しい制限を受けた、幼少期から心理的に追い詰められるような環境だった、といったエピソードが紹介されています。
ただ、吉川ひなのさんは「宗教だけが原因ではない」とも考えていたとされ、家庭の複雑さが重なっていたことがうかがえます。
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毒親と言われてしまうエピソード
◆小学生の頃から「事故で病院に運ばれて輸血しないと死んでも、輸血はせず死になさい」と教えられていた。
◆クリスマスや誕生日を祝えないなど、宗教上の理由で学校生活や行事に参加できなかった。
◆革のベルトでお尻を叩かれるなど、多くのひどい仕打ちを受けていたと吉川ひなのさん自身が著書で告白。「壮絶な虐待」と表現されている。
◆12歳で芸能デビュー後、若くしてブレイクした給料の大半を両親が勝手に使っていた。
◆両親は吉川ひなのさんの稼ぎで豪邸(200平方メートル)に住んでいたが、電気が止まり借金取りに追われる貧乏生活をしていた。家に借金取りが来ると母が隠れてしまい、学校へ行けなかった。
吉川ひなのさん自身「当時は幸せだと思うことは一度もなかった」「心が壊れ、芸能活動を続けることができなくなった」と深い胸のうちを語っています。
自身のエッセイで生い立ちを明かした後、読者から実母について「それは毒親だ」と言われ、初めてその言葉を聞いて驚き、悲しく感じたものの、自分と深く向き合うきっかけにもなったと吉川ひなのさん自身が明かしています。
読者からは「自分自身も毒親から虐待を受けて育ちました。共通点が多く、途中でフラッシュバックで苦しくなり泣きながら読みました」や「びっくりするほどの虐待で、本を読んで心が痛みました」などとコメントが寄せられています。
これらのエピソードから、吉川ひなのさんの母親は精神的・身体的虐待、経済的搾取、宗教による制限など、多岐にわたる「毒親」といわれてしまう要素を持っていたと見られています。
ただ、吉川ひなのさん自身は母親について、「子供の頃から、何をされても母を愛している。大嫌いだけど大好き。母ももっと誰かに大切にされなければいけなかった。もっと愛されたかった、抱きしめられたかったと思う。」と話しています。
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吉川ひなのの母親の病気・死因は?
吉川ひなのさんの母親はすでに亡くなっていることが報じられており、2023年時点で「8年前に亡くなった」と明かされています。
一部の報道では、母親が入院中に輸血が必要と告げられた話が出ていますが、具体的な病名や死因は非公表です。
吉川ひなのさんの母親は、病気で入院歴はあったものの、死因は公表されていません。
大病を患い10年間寝たきりだったとの報道もありますが、真偽は不明です。
吉川ひなのの兄はhyde?
吉川ひなのさんの兄はhydeさんではありません。
顔がにていることから、以前からネットで噂が出ていましたが、兄妹関係を裏付ける根拠はありません。
吉川ひなのさんの実兄として紹介されているのは、高田一也さんです。
若い頃はビジュアル系バンドでボーカルを務め、その後ボディービルダーに転向。
病弱だった幼少期の経験を生かしてパーソナルトレーナーとして活躍し、現在はパーソナルトレーニングジムを運営しています。
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もともと健康に恵まれず、特に兄の高田一也さんは運動を禁止されるほどだったそうです。
22歳の時にぎっくり腰になって3日間入院した高田一也さんは、その時の担当医に「君は22歳だけれど、体の中は70歳だよ」と言われたそう。
現在ではまったくそうには見えませんが、そのときに何かを始めなければという気持ちになり、体の弱さを克服するためにウエイトトレーニングを始めたそうです。

引用:高田一也・吉川ひなの兄妹がこだわりを詰め込んだサプリメント開発 – WWDJAPAN
まとめ
吉川ひなのさんは、宗教二世として育った過去を2023年に自ら明かし、長年の違和感や傷を告白しました。
母親の信仰は「エホバの証人」と見られていますが、教団名は明言されていません。
母親との関係は非常に厳しく、いわゆる「毒親」と受け取られる要素もありましたが、吉川ひなのさん自身はどんなことをされても母親のことが大好きだったと話しています。
そんな吉川ひなのさんの母親の病気や死因については非公表ですが、10年間寝たきりだったとの報道もあります。
吉川ひなのさんの兄はhydeさんではなく、パーソナルトレーニングジム経営の高田一也さんです 。さすが吉川ひなのさんのお兄さんだけあってかっこいいと話題です。
そんな吉川ひなのさんは、2026年から芸能活動を再開することを明かしており、今後の活躍が期待されています。
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